鶴「束の間の出会いと別れ」

それは10年以上前のことだった。
見るも無残に廃屋と化していた屋敷に客を迎えられるくらいにきれいにしよう、と地主である花守宮、風波見、そして三日月の三家が話し合った。
そして結論、屋敷の維持のため住み込みで働く者を、地元で住まいや稼ぎに困っている者の中から募ろうということになった。

それから1年。夏を迎える季節になった。
私は2歳下の幼馴染みの麻夜子に連れられ屋敷にきていた。なんでも、今日は地主さんの会議があるらしく、客がたくさん来るので手伝うように言われていたのだ。因みに麻夜子の母親は、住み込みではないが屋敷で働いていた。
「きょうはいっぱいお客さんがくるんだって。駅のほうのお店やさんのひともくるんだってー!」
麻夜子は足元の悪い屋敷への林道を軽快にあるく。
「待ってよーまやこちゃん」
実は私は屋敷に来たことがなかったので、こんな険しい道のりだけでもいっぱいいっぱいだった。
「おまつりのおはなしするって言ってたけど、ほとんどおさけのんでるだけなんだって、おかあさん言ってた」
夏と言えばお祭りの季節。この地域でも駅前にて毎年お祭りがあり、商店街の人々はこぞって屋台をだす。その会合に屋敷は使われた。もちろん、三家も自営業が多いため毎年お祭りの実行委員や準備には色々関わっているからだ。
麻夜子の言うように、真剣な会合は初めの数時間で、夜は宴会会場となり地元の人間同士が酒を酌み交わしていた。会合は二日間に渡るのでそのまま屋敷に泊まる人もいた。普段から屋敷に住み込み勤務をしている人は5人ほどで、それだけでは到底手は回らなかったから、子供の手も借りたいというわけだった。

屋敷の門をくぐった時には私は既に息切れしていた。
改めて広い和風庭園を囲むようにした屋敷を前にすると、子供の私には圧巻だった。まるで、タイムスリップしたようで。
麻夜子の母親に屋敷の中を一通り案内してもらい、最後に仕度部屋に入ると、昼前だったが女の人たちが着物の上に割烹着を着て夕食の相談をしていた。
「あら、随分かわいいお手伝いさんねえ亜沙子さん」
髪を高く結った女の人が私たちに向かって微笑む。
「うちの娘と近所の光くんです」
「あら、そちら男の子だったの?女の子かと思っちゃった」
私は言われ慣れた言葉を軽く笑ってあしらう。だが追い打ちをかけるように(?)、麻夜子の母が手伝い中に着るよう手渡してきた着物は、女物だった。藍色でシンプルなデザインだったのでそんなに抵抗はなかったのだが、ぎゅっと締められたお端折りと帯のせいで胃袋が圧死するようだった。
「でも、麻夜子ちゃん達が来てくれてよかったわ。鶴ちゃんも寂しくないわね」
「つるちゃん?」
麻夜子と私が首を傾げていると、仕度部屋の奥からパタパタと足音がした。
大人の人と同じように着物と割烹着に身を包んでいるが、背丈は私と同じくらいの子。ぱっちりまるい瞳がこちらを捉えると、慌てたようにぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして、お屋敷で働いている鶴といいます…よろしくお願いいたします」
「同い年の子がいてよかったねえ。いつもオバサンばかりに囲まれてるから!」
女の人の言葉にえへへと微笑む彼女。
そんな出会いから、不安な会合ーー女中としての手伝いが始まった。


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