雛菊 彼女のお茶会



「お茶会をしましょう」と、この和邸の一間で、小袖に身を包んだ女中に言われたら、お抹茶と上生菓子などを粛々と嗜むものだろうと考える。
しかし、彼女の場合は違った。

彼女と初めて会話をしたときには妹の藤桜も側にいて、面倒見の良いしっかり者のお姉さんという第一印象を受けた。
女中は皆、仕事がしやすいように重々しい反物ではなく、所謂軽装の小袖で統一されていた。そんな中でも、彼女の素から溢れる振る舞いは上級貴族の何かかと思われた。
更に彼女は何とも美しい髪の色をしていて、さり気なくそれを手櫛で払う仕草がますます彼女の優雅さや気品が自然に伝わった。

だから、驚いた。同時に、納得もした。

正門とは逆の、表からは見えない中庭は、彼女の妹藤桜が手入れしている花々で彩られている。季節の花は正面に置いて、それ以外は中庭で管理をしていたから、たくさんの鉢植えがずらりと並んでいた。
昼下がり、「お茶会」に誘われた私が、中庭に面した茶の間に訪れた。しかし茶の間はがらんとしていて、特にお茶の準備もされている様子はなかった。
代わりに中庭の格子が開いていて、庭の中央に、カフェテラスの白い丸いテーブルとチェアが見えた。よく見ると、日よけに取り付けられたパラソルは純白のレース生地で、たまに吹く風にひらひらと揺れている。
私は、和邸に囲まれた中にある異空間にしばらく唖然としてしまった。
「なんだか妙に眩しいですね」
私の口から、言わずにはいられなかった一言が漏れる。
すると背後から、カチャカチャと茶器の奏でる音と共に、雛菊が顔を出した。
「旦那様は何がお好み?」
「えっと、何があるんですか?」
「紅茶はダージリンとアールグレイ、ハーブティーはミントにカモミール、ローズヒップ……」


雛菊の手にしているのは盆の上に乗った和菓子でも急須でも湯のみでもなく。
持ち手が金縁のティーカップとお揃いのブランドと思われるティーポット。バスケットの中には何種類もの茶葉やシュガー、ミルクがコルク瓶に詰められていた。
それらを手に取って私に紹介する彼女は、嬉々としていた。
私はお茶の種類にこだわるほど知識も興味もなかったので、彼女のおすすめを作ってもらうことにした。
「どうぞ、ちょうど良い頃合いですわ」
そう言ってティーカップにポトポトと、澄んだ黄金色が注がれる。そして瓶の一つから白い花を取り出し、ティーカップに浮かべた。
「カモミールとダージリンのブレンドですわ。花は藤桜が育てていたのを貰いましたの」
私は、普段は口にしない不思議な香りと高価そうなティーカップを、恐る恐る傾ける。
ふわりと彼女の淹れたお茶の味が溶けていく。
「美味しいです」
私はそう言う。そもそもお茶の味を評価できるほど種類を飲んだこともないわけで、そう表現するしかなかったのだが。
私はきっと、彼女の淹れたお茶ならどんなものでもそう言っただろう。
私の感想を聞いて「旦那様に合うと思って」と微笑んだ彼女を眺めながら、そう思った。

いつの間にか、私は彼女の空間に染まっていた。




fin