藤桜 彼女の菊





彼女はいつも、庭にいた。


植物が好きなのだろう。
彼女が勤めるようになってから、威厳はあるが少々踏み込みづらい構えをしていた庭園は、四季折々の草花で華やかになり、客人を迎え入れるに相応しい様相へと変化していた。
もちろん、その彩り飾られた庭園を見に来る観光客など、ひとりとしていないのだが。

夏も終わり、秋の虫もなき終わる季節ごろ。
彼女がもっとも大事に育てている花が姿を見せる。
「重そうですね、手伝いますよ」
ひとり、彼女が背丈の大きい鉢植えを抱えていたのを見かけ、私は声をかけた。
「旦那さま、ありがとうございます。でもこれで最後なので大丈夫ですわ」
そう言って、鉢植えは濡れ縁の前にずらりと整列していたそれのひとつに加えられる。
「…これは、立派ですね」
「はい、大輪の菊です」
「時期になったので前に出してきましたの」
大輪の菊を育てるのは開花時期以外も、年中管理を欠かせず難しいはずだが、彼女の大輪は一つ一つがまるで冬の向日葵とでもいうように、輝いている。
「桜さんの庭、とても居心地がいいです。毎日花に囲まれていて、和みますね」
「そんなことありませんわ」
そう言って、彼女は古株であろう一輪を愛でるように包む。
「心に余裕がない人はいくら綺麗なものがあっても、それをほんとうに見ることができないもの。この花たちに気づいた旦那さまの心が綺麗なんですわ」
彼女の手に包まれた花弁たちの呼吸が、聞こえたようなきがした。

「菊は特に、あなたの心が込められている気がします」
私は愛おしそうに花を見つめる彼女に告げる。すると、はっとしたように一瞬顔を上げ、恥ずかしそうに目をそらした。
「…ふふ、旦那さまには、何も隠せませんわね」
頬を染め、可愛らしく微笑む彼女は、細い指先で菊のふっくらとながいひとひらを摘んで、抱きしめるように両手に閉じ込める。
そして、愛おしい者への囁きのように呟いた。



「だって、菊は姉様の花ですもの」




fin