「彼女たち」の生活




  パタパタ、と回廊を小走る音がした。
その音がすると、  ひとり部屋にこもっていても、一人住まいではないんだなあということに度々気がつかされる。
 ここに働く女性は現在6人、皆若者である。
 私がここを住処としはじめたのはごく最近であるが、その前から「彼女たち」は働き続けていた。現在の「彼女たち」が働くようになったのは、今から10年未満の間である。その前には今は各々私情で辞めてしまったが、やはり「彼女たち」は働いていて、この屋敷を守っていたと聞いた。

 基本、彼女たちは住み込み働いているのだが、普段は私生活を送っている。
 平日の朝7時、「行ってきます」という鈴鹿の元気な声が聞こえる。たまに庭を覗くと、地元の小学校の制服と赤い鞄を背負った彼女と、それを送っていく私服な朔の姿が見える。
 見送るのは雛菊と藤桜双子姉妹。ふたりは小袖姿で優雅に手を振る。彼女たちは高校生だが定時制の午後の部で、昼から出かける。それまでは朝ごはんの支度に始まり、屋敷の掃除やゴミをまとめたり、鈴鹿を起こしたり、一家の母的業務を行う。
 10時過ぎ、鴻が起きてくる。最年長の鴻は夜勤が多いので昼頃起きいつも眠そうにしている。
 正午前、鈴鹿を送った朔が戻る。送るついでに買い出しをしてくる日もあり、華奢な腕に重そうな手提げをいくつも提げて、涼しい顔で帰ってくる。入れ替わりで、双子姉妹が制服に着替えて、学校へ向かう。
 朔は医校の夜学に通っていて、それまでは夕食の下ごしらえや洗濯の仕事を行う。彼女も基本、私と似た体質なのか、あまり眠らなくても生活できるようで、夜学のレポートを遅くまで仕上げ、朝には鈴鹿を送りに出していた。
彼女が夜学に通う頃に、鴻が小袖に着替えて現れ、姉妹と鈴鹿が帰宅する。姉妹も鈴鹿も帰ってからすぐ炊事場に向かい、朔が下ごしらえをした夕食の調理を済ませたり風呂の湯を沸かしたり一通りの家事をてきぱきと済ませていく。
そして、姉妹と鈴鹿は夕飯を済ませ、一日のシフトを終える。
鴻は朔の帰りを待ち、共に遅い夕飯を食べる。夜勤に向けて稼働するためには、遅い方が効率が良い、といいながらも、夜分に小腹が空いては何かを口にする癖がついたと姿見と睨めっこしているのだった。
日付が変わる頃、鴻はひとり夜勤になる。夜勤は、屋敷の主又は来客の寝床作りから始まり、大きなコの字型の屋敷内の戸締りを丁寧に時間をかけ行う。夜勤の仕事の大半を占めると言っても過言ではないほど、戸締りは重要で大掛かりな仕事であった。
屋敷内は基本襖や障子、木戸なので、殆ど古いねじ締まり鍵を使っている。閉めるときにピンを穴に刺し、開けるとピンが垂れ下がる形状をするものだ。一見簡易だが、これが屋敷内の引き戸全てに3箇所ずつついているとなると、かなりの厄介物だ。鴻は戸締りをするたび、「屋敷内全部屋オートロックマニフェスト」を誰も聞いていない暗闇に演説して聞かせるのであった。
それも終わると、翌日回収のゴミをまとめたり、朝ごはんの下ごしらえをしたり、家事を済ませる。就寝するのは3時4時。夏場では既に東の空が明けようという頃だ。
それから双子姉妹が起きて来るまでの2時間ばかり、屋敷内の「彼女たち」が全員休息をしている唯一の時間。それは屋敷が眠っているかのように静寂であった。

長い月日、無人の廃屋化が進んでいた屋敷は「彼女たち」を迎え、いのちを吹き返した。だから屋敷は「彼女たち」と共にあるだろう。「彼女たち」はいつの日も屋敷を大事に思い、屋敷もまたそれに応えるように在る。
それは必然のように。運命のように、これからも不変であるのだ。